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この青銅器はクロームメッキがかけられていて、年数を経た割には綺麗です。そのためもあって、中国の博物館や東京へ資料を送っても相手にされません。
何千年も前にこう言った技術が存在したことは、驚きです。そのことはさておき、この青銅器の美しさは並みはずれています。また、胴に刻まれた書体は簡潔ではっきりしています。文の内容は夏国建設の一大叙事詩のようで、簡潔ですが奥の深い表現でつづられています。
下記に22行に亙る全文の解読試し文を紹介します。

6 5 4 3 2 1

11 10 9 8 7 6

13 12 11 10 9

16 15 14 13 12

19 18 17 16

22 21 20 19 18
1 卯(偊)は国々を巡り歩き、
2 先の山が険しければ、馬で駆けて行った。
3 人々を集めて穀物を栽培した。険しい山、
4 満草を開いて宮殿を立て政務を行った。
5 運河を廻らし、道路を建設し、建国した。
6 (キリン神が)この国を「百代の夏」とを命じた。(注 なぜキリンかはマイクロソフト「キリンの出自研究のまとめ」を見て下さい。)
以上は最も興味を惹かれる、建国の大事業について述べている。文体は中国語と違い、主語+目的語+述語の語順。
7 臣 尹辛天は
8 あえてやまを開き、穀物を栽培した。止まず
9 光俑(皐陶)を補佐して政務をし、
10 諸家を調査して税を課した。
11 沙(注 敦煌を沙州と言うので甘粛省あたりだろう)の出身の卯が国王となった。
12 国を統治し、南の未開地
13 からきたの国まで治め、侵攻を防いだ。
14 種をまき、粟が大いに実った。
15 諸家は十分な暮らしができた。
16 (キリン神の)恵みを祝い、喜び歌った。
17 臣 対前は
18まず、大いなる呉が羽ばたけるように、
19 反徒を捕らえ、制圧した。
20 光俑(皐陶)今に亡く悲しいばかりだ。
21 沙王(注 何故か卯は夏王を名乗らなかった)卯(名):(姓)至が没し、天に、
22 子息の呉丂が王位を継承した。
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